児童英語講師になったのは、英語によるコミュニケーションと子どもたちの心が育まれる時のコミュニケーション...
これが掛け合わされると本当に楽しいと思えたからです。
ただ、昔から英語も子どもにもそれほど関心があったと言えばそうではありませんでした。
色々な出会いや経験によりコミュニケーションが生まれるわくわく感に巡り合う事ができました。
学生時代は30ヵ国以上の国と地域を訪れ、たくさんの価値観や文化の違いを目の当たりにしました。
その後、沖縄の離島にあるリゾートホテルで総務人事部として働き、エイサー隊として活動したり調理師免許を取ってみたり。
本当に『わくわく』を基準に動いています。
もっと私の『わくわく』の可能性を広げたくなり、コミュニケーションが生まれる英語を本格的に学び直そうと思ったのはその後です。
1日16時間ほど毎日勉強していました。ひどい時は睡眠時間が2、3時間のこともありました。
そんな生活を3年ほど、学ぶ事が楽しくてやめられませんでした。
その後、周りの友達にお子さんが産まれるようになり、そのお子さんたちとの関わり方がツボにハマりました。
子どもたちの屈託のない笑顔と嘘のない探究心に触れ、彼らの未来の可能性に『わくわく』を感じました。
『英語のコミュニケーションによるわくわく』×『子どもたちの未来の可能性をわくわく』
こんな贅沢な時間はないと感じ、児童英語講師となりました。
その後、早いもので13年ほど経とうかとしています。
『大正14年生まれのおじいちゃん』
私の育ての親です。
旅行好きとなって旅先での発見やホンモノに触れる喜びを感じられるようになったのは、おじいちゃんの影響です。
四半世紀も年の離れた祖父との生活の中で、『チャンスをモノにできる力』が生きていく上で必要だと常に教えられてきました。
その教えのおかげで、試験の結果など聞かれたこともなく、成績表も見せたことはありません。(それはそれは大した成績ではありませんでしたが)
どれだけいい点数を取るより、自分でどのように幸せになりたいのか?の「自律」を育んでくれたのはおじいちゃんでした。
教室を運営していく中でも、この考えはとても大切にしています。
子どもたちが世の中に大きく旅立つ時、自分の力で道を切り開いてくれるような子どもたちがひとりでも多く居ればいいなと思い教室を開校しています。